| ひみつ日記 |
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作家のような気がする定金伸治のてきとうな日記です。男のダンディズムについて深く語ってます。ウソです。 |
| ■ 2004/03/11 |
そう……まさかとは思っても、それを確かめずにはおられない……それが、人の心理というもの。 だが言ったはずですよ……魔術とは人の心理の裏をかくものだと……。 フッフフ……。 人は私を地獄の魔術師(ヘルズ・マジシャン)と呼びます。 ていうか十年以上経ってもまだセリフを覚えているというのが恐ろしい。 江田島塾長の教えはさすがだ。 ところで今日、高校時代の頃の夢を見た。 その夢の内容。 「クラスメイトがたくさん家に遊びに来てくれて、すごく嬉しい」 という恥ずかしいものであった。 32歳にもなって、いまだにそんなことを夢にまで見て願う自分の底知れぬポテンシャルに瞠目である。 まさに、作家としての資質十分と言えよう。 ルサンチマンとコンプレックスが、物語というものを生むのだから。 ということにしておいたのであった(自分の中で)。 |
| ■ 2004/03/10 |
困ったことになりましたな。 でも、麺類やハンバーガーなどと違って、カレーや丼物は自分でも作れるのが救いですね。 自分好みの味に作れるという利点もありますし。 そんなわけで、近頃牛丼づくりにこってます。 いまのところ、いろんなサイトを参考にして、下記のようなレシピで作ってます。 より美味しく作れる方法があったら、ぜひアドバイスください。 1.薄切り肉を甘口の白ワインに漬けておく。 2.ブイヨン半かけで作ったダシ汁に、醤油大さじ1・みりん大さじ1・砂糖小さじ1・白ワイン大さじ2・ニンニクペースト・唐がらし・化学調味料少々を入れ、煮汁を作る。 3.タマネギ・えのきだけ・牛肉・しらたきを煮る。 4.最後に一緒に盛りつけるチンゲン菜をさっとゆでておく。 5.味見をする。 6.あまりの不味さに激昂して奇声とともに家を飛び出し、十二時を見計らってスタジオアルタに乱入、タモリさんのグラサンを奪う。 7.封印を解かれたイビルタモリに頸動脈を食い破られ、血を噴き出して絶命する。 ちなみに、上のレシピの中で一番重要なのはアルタですよ。 みのもんたはすでに封印を解かれているので、味に効果が出ないのですよ。 まったく味というのは微妙なものです。 皆さんも一度ご試しください。 では、では。 |
| ■ 2004/03/08 |
まったくなんて寒いんだ。 三月だっていうのに雪が積もったりしているのだ。 許せん。 この憤りをどこにぶつければいいのか。 やっぱし市役所とかでいいんでしょうかね。 ところで先ほどマンションの階段を降りていて、最後まで降りきっているにもかかわらず、まだ一段残っていると認識していたため、足首が烈しくグキってなった。 ただそれだけのことで、足が一瞬、天津飯にやられた時のヤムチャみたいになった。 往来の前で、心ならずも出川哲郎のリアクションを完璧に再現。 なんにせよ、もうスペランカーのことはバカにできないなと思った。 |
| ■ 2004/03/06 |
ホルストの「惑星」だった。 その中の「木星」の主題に歌詞をつけて歌っている曲らしい。 オーケストラの原曲はもはや聞き飽きているので、すごい新鮮だった。 もう一度聞きたかったが、有線で流れてたので誰のどういう歌なのかよくわからないのであった。 誰かご存じありませんか。 それにしても、クラシックを元ネタにした歌が、この後もいろいろ出たら愉しい。 聞き飽きているメロディでも、違う形で作られるとまた新鮮なんですよね。 なんか他にもないだろうか。 確か、エルガーの「威風堂々」は過去にあったような。 なかったような。 今後、ヴォーカル曲化の候補になりそうなものは何かあるかな。 ちょっと思いつかないけど、ベートーヴェンのトルコ行進曲〜回教徒托鉢僧の合唱あたりをモーニング娘とかが歌ったら愉しいかも。 あとはシベリウスの2番とかモーツァルトの40番とかか。 そうだ、大穴でオネゲルのパシフィック231など挙げておこう。編曲はヘヴィメタルで。 って、挙げてどうなるわけでもありませんが。 つい妄想に耽ってしまった。 ところで先日、バレンタインということで、マツバラさんから得体のしれない茶色の粉末が送られてきた。 どうやらそれはココアであるらしかった。 しかしわたくしはココアをほとんど飲んだことがないので、それが本当にココアなのかどうか判別できないのであった。 乾燥した土かもしれないとか思った。 ていうかホントに土だったらみじめすぎる。 あなどれない。 あ、そういえば、キザキさんには塩ラーメン味のキャラメルという果てしなく妖しいものをいただいた。 世間では愛が飛び交っているバレンタイン。 そんな日に、連続でウケを狙われるわたくし。 なんかこう、髪の毛がいっぱい混ぜ込まれた手作りチョコとか送ってくれる人はいないものかと思うのであった。 |
| ■ 2004/03/04 |
こころならずも、尊敬の念に打ち震える。 まったくなんてすごいやつなんだ。 百円で売られているにもかかわらず、この方は十個も徳を具えているのだ。 奴隷市場に売られてもなお、品性と誇りを失わずにいる良家のお嬢さまって感じだと言えよう。 おお。 百円ショップでひとり、妄想にふけるわたくし。 燃える! 燃えるぜ先生! おっと、つい我知らず逆境ナインをパクってしまった。 それにしても、十徳ナイフ。 無機物の身で十個も徳を具えているとは。 ぼくなんて、どう数えてみても2つ、3つもない。 いろいろ考えてみたが、1つ挙げるのにも四苦八苦の状態である。 人と会話する機会が二カ月なくても特に頭がおかしくなったりしない、とか、せいぜいそのぐらいだろうか。 というか、そんなもの徳でもなんでもないですよ、と心の声に突っ込まれる始末。 |
| ■ 2004/03/01 |
スペランカー先生しか読んでませんけど。 面白すぎる。 あまりにも。 ちょっといかがなものかと思われるほど笑った。 「#204 新学年のスペランカー先生」「#070 スペランカー先生は語る」あたりで、可笑しすぎて気が狂いそうになる。 というかスペランカーって懐かしすぎ。 久しぶりにあのROMカセットが見たくなった。 真ん中に付いてる妖しい発光ダイオードが見たい。 プレイしたいとは言わない。 |
| ■ 2004/02/29 |
今日からもう3月かー、と思ってたら、まだ2月だった。 なんとうるう年。いったいいつの間に。 今日の今日まで知りませんでした。 してやられました。 でも一日得した気分。 なので、仕事をさぼって遊んでみた。 おもむろに「シャカリキ!」を全巻一気読みしてみたのであった。 面白い。 面白すぎる。というか熱すぎる。 シリアスな「逆境ナイン」って感じでしょうか。 すごすぎる漫画です。 あまりに感動したので、猛烈に自転車に乗りたくなりました。 つまり、作家業を続けながらマイヨ・ジョーヌを目指す計画を練らねばならなくなりました。 仕事などしている場合ではありません。 とにかくまずは自転車の乗り方を思い出さねばならないでしょう。 あ、ところで。 今年はいつの間にか「このミス」も「SFが読みたい!」も買いのがしてしまった。 書店で探してみたけど、もう売ってなかった。 毎年あれに載ってた小説を買い込むのが習慣だったのに。 こまった。 というか最近あんまり小説を読んでないような気がしてきた。 漫画と映画ばっかりのような。 これはいかん。 なんかこう、本の内容を脳にそのままダウンロードできる方法ってないですかね。 チュルン、と。 結局、のび太の発想からどうしても逃れられないのであった。 |
| ■ 2004/02/28 |
最近、底の浅い浴槽って、見かけなくなりましたね。 以前は、シティホテルにはやたら底の浅い西洋風の浴槽が設置されてることが多かったはずです。 それが近頃は見かけなくなりました。 じつにいい傾向です。 というのも、椎名誠先生も(あ、原田宗典先生だったかも)エッセイで書かれてたんですが、あの底の浅い浴槽に入ってると、ちんちんの頭の部分だけが潜望鏡のように水面から出てしまうのですよ。 ちょこん、と。 リラックスタイムの間中、ちんちんの頭を見つめ続けなければならないこのつらさ。 まったくおそろしいことです。 なんというか、沖ノ鳥島のごとく水面から顔だけを出しているちんちんと向かい合っていると、果てしなくしょんぼりとした気分になってしまうんですよね。 西洋風の浴槽では、それを強制されてしまうのです。 お風呂で仕事のアイデアを練ったり、いろんな考え事をしたりしながら、しかし見つめているのはちんちん。 おそろしい。 それにしても、西洋の人はこの問題に対していったいどう対処しているのか。 謎が謎を呼ぶこの展開。 西洋の人も、お風呂で考え事とかしてるはずなのです。 ギリシャ哲学以来数千年、さまざまな哲人や科学者の思索には、この問題が妨げにはならなかったのか。 ちんちんを見つめ続けることを強制されても、己の思索を深めることができたのか。 まったく謎です。 いや、もしかしたら逆なのかも。 デカルトもアインシュタインも、己のちんちんと真摯に向かい合うことで、それまでにない新たな発想を得ることができたのかも。 そうとしか考えられない。 自然科学や哲学の分野で西洋が大きな役割を果たすことができたのは、ちんちんのおかげだった。 この衝撃の新事実。 ちんちんの前では人は哲学者になるのです。 おお、また一つ名言を生み出してしまった。 まいった。 というか、32歳にもなってちんちんとか言って喜んでいる男も、ちょっとどうかと思った。 小学生並み。 |
| ■ 2004/02/26 |
月曜日、予定では某暗黒小説家に連れられて球体関節人形展ってのに行ってるはずだった。 しかしどういうわけか、ふと気づくと渋谷でビリヤードをしていた。 じつは、月曜日は会場の美術館が休館だったのであった。 暗黒小説家もわたくしも、そんなことまったく考えてなかった。 知人に、 「美術館とかがたいてい月曜日休館なのは常識だろうが。アホか」 と、耳から血が出るほどバカにされる。 結局しょうがないので、翌日某美少女編集者に8発前後マウントパンチを浴びせられてから、一人で見に行った。 これが面白かった。 前に見た「人体の不思議展」よりも面白かった。 あちらは本物の死体を使っているにもかかわらず、プラスチックの作り物にしか見えなかったのだが、球体関節人形の方は、有り様がちょうどその逆の形になっていた。 虚構の組み合わせであることが見た目に明らかなのにもかかわらず、存在に世界が伴っているのだった。 見ていて、意図的な要素の混ぜこみ方というものについて考えさせられた。 あ、そういえば、ビリヤード。 某暗黒小説家は、もう作家をやめてハスラーを目指すそうですよ。 自分に秘められていた才能を発見してしまったとか。 ファンの方は応援してあげてください。 |
| ■ 2004/02/22 |
仕事が進んでないとか書いたので、某美少女編集者に、 「ちょっとツラ貸せやコラ」 と呼び出されてしまったのです。 頑張って殴られてきます。 というのは48%ぐらいウソで、ほんとはジハード文庫版が完結したということで、関係者とちょっとした食事会があるのです。 表紙イラストの高橋常政先生もおいでということで、緊張してます。 あまりに緊張してるので、ムリを言って販売部のKさんを呼びつけてしまいました。 Kさんというのは、話すのが苦手なわたくしが醸し出すぎこちない間を埋めてくれる、神のような人なのです。 つまり便利。 ていうかすみません。 それにしても、初対面の人と会うのが緊張するからといって、わざわざそういう人に来てもらうわたくしの情けなさが絶品。 まさに、先端を切り開く者だけが到達しえる、誰も真似のできない境地と言えよう。 へなちょこの道は奥が深い。 |
| ■ 2004/02/20 |
うっかり。 それにしてもメガネって、度もずれてきたしそろそろ買い換え時かなあ、って持ち主が思ってるのを知ったかのように、自ら死を選びませんか。 もう自分はご主人様のために働けない……、というような。 せめて最後はご主人様の手で……、というような。 そしてかれらは自分の身を持ち主の足の下に、みずから投げ出すのです。 なんていじらしい。 しかし、わたくしは2週間使い捨てレンズを使うようになってからは、家の中でももっぱらコンタクトをしてました。 このメガネにとっては、あまりよい持ち主ではなかったに違いありません。 決して。 いままでずっとかれは、机の隅で、 (まだ自分は働けるのに……) と、もう一度使ってもらえるのを夢見て待ちつづけていたはずです。 ぼくとの楽しい思い出を懐かしみながら、夜は一人で涙をこぼしていたに違いないのです。 そんなメガネの遺体を前にして、しんみりとした気持ちになる。 おれはなんてひどいやつなんだ、と後悔に苛まれます。 特に、常に危険と隣り合わせの人生を送るわたくしの場合、かれを胸ポケットに入れていたおかげで銃弾から守られたこともたびたびだったものです。 それだけ献身的な奉仕を受けていたにもかかわらず、わたくしは便利というだけでコンタクトを使い続けていたわけです。 まったくなんてひどいやつなんだ。 そんな悪い持ち主のために、このメガネはみずから身を投げ出したのです。 わたくしは、わたくしを愛してくれていた唯一の存在を、この足で踏みつぶしてしまいました。 |
| ■ 2004/02/18 |
なんというか、熱く湧き出るものがありません(吼えろペンのパクリ)。 なもんで仕事が思ったように進まぬ。 ついつい、呆然と机の端っこを見つめてしまったりしてます。 これはどうしたことだ。 あまりに言語を使う機会がなくて、いよいよ痴呆の症状があらわれてきたのだろうか。 廃人!? 厳密な締め切りのある仕事じゃなくてほんとによかった。 それにしても、なんかこう、熱く湧き出す方法はないもんだろうか。 うーむ。 パンティを顔面に装着すれば、フオオッと気合が高まるはずではあるんですが。 というかねたが古くてすみません。 それは私のおいなりさんだ。 ただ問題は、うちには女性用のパンツはないのだった。 じつにこまった。 そのほかの方法でなんとかせねばならない。 あ、こんなサイトを発見した。 素晴らしい。素晴らしすぎる。 コメントのしようがありませんけど。 そんなこんなで、今日もなんかぼんやりとしてしまった。 森の動物たちと演奏会とかしてました。 ぼくが歌うと、小鳥たちが集まって一緒に歌ってくれるのでした。 いい一日でした。 |
| ■ 2004/02/16 |
トリビアが流行してることもありますし。 いままで役に立つ話をしたことないですし。 先日、(↓)のような記録媒体が発表されてました。 薄膜ホログラムメモリ 「2001年宇宙の旅」のHALも、記録素子として使ってたそうです。 (HALのは体積ホログラムメモリだそうですね。ちなみに、薄膜ホログラムと体積ホログラムの違いは、記録層の厚みが光の波長より薄いか厚いかってぐらいだったと思います) このホログラムメモリというのが面白いのですよ。 普通の記録素子と違って、材料の「二つの状態」に直接0と1を割り当てる形式をとらないんですね。 デジタルデータってのは0と1の羅列なので、基本的に二つの状態さえあれば、それぞれに0と1を割り当てて記録することができます。 なので、水と氷だろうと、男と女だろうと、なんでもいいんですね。 電車の座席に座っている男女の順番で、情報を記録・遠方に伝達とかできるわけです。 男男男は「あ」、男男女は「い」みたいなカンジで。 (実際には日本語は2バイト文字なので、データを圧縮しない限り、一文字あたり16人必要ですが) あ、なんかミステリの小ネタとかに使えそうですね。 ただ、人間の男と女だとサイズがでかすぎるので、普通は結晶と非結晶とか、磁化の方向が上(左)か下(右)かとか、穴があるかないかとか、そういうのに0と1を割り当ててるのですな。 しかし、ホログラムメモリは、そういう二つの状態に0と1を割り当てることをしないのですよ。 元データである0と1の羅列を平面に並べた映像を作って、その映像が浮かび上がるようなホログラム(光の干渉縞)を計算し、それをプラスチックに印刷するってカンジなのです。 実際に、記録の読み出しは、レーザーを当てて浮かび上がる映像をデジカメ(というかCCDですが)で撮影して行うんですね。 なんというか、ほんとに面白い発想です。 そのへんにあるプラスチックを使ってしまうというのもいいです。 ちなみにホログラムというのは、撮影したい物体にレーザーを当てて返ってきた反射光と、もとのレーザーとの干渉縞を記録したもののことです。 写真に似ているようでちょっと違うのです。 この干渉縞には、物体の3次元の情報がそのまま残っているので、レーザーを当てて再生すると、もとの物体の映像が立体的に浮かび上がるのですな。 透明な円筒の中に、立体的な映像が浮かんでるホログラムを見たことのある人も多いと思いますが。 身近なところでは、クレジットカードとか遊戯王カードとかにも使われてますね。 虹色の立体的なマークが、それです。 ものすごく微細な光の干渉縞にIDや名前を埋め込むので、偽造が難しいんですね。 記憶素子として使う場合、非常に小さい領域にたくさんのデータを記録できることや、読み出し速度を高速化できること、材料が安いこと(ただのプラスチックなので)などが利点になります。 と、今日は普通に雑学話をしてみました。 はじめてのことですな。 まあ、昔のうろ覚えな知識で書いてるので、全面的に信用はしないでください。 さて。 |
| ■ 2004/02/11 |
ぼんやりではなく薄ぼんやりというところが、もはや手の施しようがない感じなのであった。 何をしてたのかあんまり思い出せない。 あ、そういえば、アドバンスウォーズをやってた。 アドバンスウォーズというのは、ファミコンウォーズ(ゲームボーイウォーズ)のゲームボーイアドバンス版なのだが、何故か海外でのみ発売されて日本では唐突に発売中止になってしまったというゲームなのだ。 友だちは、 「『子どもに戦争ゲームをやらせるなんて』という反戦運動家の抗議とかあるらしいよ」 って言ってたのだが、本当なんでしょうか。 都市伝説っぽいですが。 とにかくわたくしはファミコンウォーズの大ファンなのであった。 わざわざ海外から8000円ぐらいかけて取り寄せるぐらいファンなのであった。 なので、はまってみた。 なんというか、 「こいつとそいつをここに置いて、あいつをおびき寄せてこっちで潰したら、一日短縮できるから……」 みたいな、過程の削ぎ落としと最適化が詰め将棋みたいで楽しい。 で、同じマップを何度も繰り返しているうちに眠くなってきたので昼寝した。 などというようなことを書こうと思ったが、そんなことをしたらダッシュ文庫のF田さんにぐったりするまでマウントパンチやストンピングを浴びせられると思われるのでやめる。 なので上にあるのはぜんぶフィクションですよ。 本当はちゃんと仕事してました。 トランプでピラミッドとか作ったりせず仕事してました。 ビー玉を机の上で転がして一人ゴルフとかせず仕事してました。 |
| ■ 2004/02/09 |
ふと、入ってきたわたくしを見たトイレットペーパーの気持ちを思った。 男性が来るか女性が来るかでスリリングな一生を送っているトイレットペーパー。 わたくしを見て、さぞかし恐怖に怯えていることだろう。 外周あたりにいるやつなどは、 「頼むから小のほうであってくれ」 とか祈っているに違いないわけである。 外から三周目あたりのやつだと、 「もし大でも、まだおれのところまではなんとか大丈夫だろう……」 とか算段しているに違いないわけである。 他人の運命を我が手に握っているこの快感。 そのため、小用を足したあと、おもむろに三周分ほど紙を引き出して鼻をかんでみた。 「ま、まさか!」 というトイレットペーパーたちの声が聞こえた。 流される時の断末魔の叫びが心地よいですよ。 フッフ。 |
| ■ 2004/02/08 |
ありがたいことです。 作家になってオトクなことといえば、こうして編集さんがよく本をタダでくれるというぐらいなもんでしょう。 そのほかにはありません。 それはもう。 てへっ。 しかし、編集さんによって、くださる本が結構違うのが面白い。 本って、それを薦める人の趣味や、何を面白いと思うかという感覚がわかったりするんですよね。 もしかしたら、編集者にとっては、自分の感覚をほのめかしたりする手段なのかも。 あるいは、言葉には出せないことを、密かに伝えようとされているのかも。 リストラのススメみたいなのが送られてきたらと思うと怖い。 と、こういうことを書いてるのが編集さんの目に止まったら、次からはなんか異常な本が送られてきそうで、これまた怖い。 エンサイクロペディア世界の換気扇とか鼻の写真集とかみたいなのが次々送られてきたら困る。 ちょっと面白いけど。 |
| ■ 2004/02/06 |
それにしても今更ながら、このおさかな天国、魚たちの死体が安置されている場所で流されているというのがすごい。 確かに、文字通りおさかな天国。 しかしよく考えてみると、これはお葬式なんかで、 「人体を食べると〜♪ 頭が良くなる〜♪」 などと歌われてるようなものなわけである。 まったく不謹慎にもほどがある。 しかもさらに考えると、おさかな天国という曲自体もすでに死に体なわけで、これはもう三重にシュールと言っていい。 もはや、狙ってやっているとしか思えない。 まったく不謹慎にもほどがある。 そんなことを思った。 今日もまた仕事をせずに終わってしまった。 |
| ■ 2004/02/04 |
見ーのーがーしーたー。 ショック。 まだ書店に置いてるのかな。探しにいかねば。 シャカが再登場してくれたらいいのになあ。 ところで、前々回のパンツ。 どういうわけか、ふとんシーツの裏側から発見された。 しかし、シーツの端は、四辺とも敷布団の下にきっちり入れられてるのだ。 寝てる間にシーツの裏に紛れ込む可能性なんてないはずなのであった。 まさに不可能犯罪。 本格的に謎だ。 もしや、シーツ平面を空間の軸として、存在が対称に裏返ったのか。 ……などと、ありきたりなSFっぽい表現に逃避してみる。 パンツが私で、私がパンツ。 うむ。哲学的。 |
| ■ 2004/02/03 |
どーーしても見えない。 ミステリアス。 そういえば先日、 「あれが3Dに見えないなんて、人生の半分を損してます」 って言われた。 そ、そんなにも! 関係ないが、ぼくは巻き舌とか指笛とかもできなかったりする。 あるいはこれで、人生の残り半分も消費。 つまり人生の価値ポイントが0になった可能性が高い。 ああ。 人間としてもうダメなのか。そうなのか。 ダメ人間であるのは薄々承知していたのだが、「ダメ人間」と「人間としてダメ」ではダメ度のレベルがまったく違う。 できれば目をそらしたいところである。 とりあえず、自分の優れている部分を心の中で数え、いつものようにみずからの精神を救済する作業に入る。 でないと生きていけないからである。 わたくしの長所といえば……。 1.ごはんを食べるのが早い。 2.生まれつき、小指が曲がっている。 3.おしまい。 ……だめだ。 もはや、いくらごまかしても人間性を回復できないところまで到達してしまっている。 しかも、2番目のやつは長所でもなんでもない気もする。 急いで何か取り柄を身につけねば。 爆弾作りあたりが無難なところですか。 |
| ■ 2004/02/01 |
わたくしは寝てるうちにいつの間にかパンツを脱ぎ捨ててしまう癖があるので、起きると裸になってるってのはよくあることなんである。 が、今日は何故か、どこを探してもパンツが見つからなかった。 布団をいくらひっくり返しても、どこにもパンツが見つからないのであった。 いったいどこに行ってしまったのか。 おそろしく謎だ。 そして、いったい何の目的で。 何故いまになって、ぼくのもとから脱走せねばならなかったのか。 戦闘国家「やまと」として独立してるのではないか、といったおそれがふと心をよぎる。 わたくしのパンツがアメリカの原潜とか沈めてしまったりしたら、どう責任を取ればいいのだろうとも考えてみる。 まして、「たったパンツ一隻でか!」と大統領に詰め寄られたり、平和運動のデモ隊に家を取り囲まれたりしたら。 そうした危険を考えると、やはり寝てる間にパンツを脱いでしまう癖は早く直さないといけないなと再認識したのであった。 |
| ■ 2004/01/30 |
でもわたくしの生活サイクルでは翌日なのでよし。 ところで、小説にしろ漫画にしろ何にしろ、 「この人、若い頃の方が、瑞々しくて面白かったなあ。下手だったけど……」 みたいな意見がよく聞かれたりしますよね。 これは書き手にとっては猛烈にヘコむ意見なのですが、読者の受ける印象というのは尊重せねばなりません。 いかに瑞々しさを失わないか、あるいは技術で同じものを作りだすか、というのが大事なのでしょう。 が、これが結構難しいんですよね。 書く経験を積んで技術が身につくほど、それを物語るためにはあれを書かなければいけない、これもやっておかないと……、となってくるわけです。 「面白い」という一つの真実から遠ざかって感じられるわけですな。 これが、哲学の進歩にちょっと似てるなあ、と思ったのでした。 哲学ってのは、「一切を物語る真理」についての学問なわけですが、進歩を重ねるごとに、無邪気に真理について語れなくなっているのですね。 たとえば、ギリシャ哲学や中世キリスト教哲学なんかでは、「真理とはイデアである」「数である」「神である」として真理を一発で語っていたわけです。 それを、デカルトあたりが、 「真理を語るためには、まずそれを把握する側である人間の『認識』について考えねばならない」 として哲学を一歩進化させたのですね。 が、この段階で、真理からは一つ下に遠ざかってしまったとも言えるわけです。 さらに時代が進むと、ウィトゲンシュタインのように、 「認識されたものを客観的に検証するためには、言語について考えねばならない」 とか、メルロ=ポンティのように、 「認識する人間の身体と、自分自身との関わり合いについて考えねばならない」 とか、さらにはデリダなどのように、 「こういう哲学というもの自体について考えねばならない」 とか、「真理」を語る前にやるべきことが、どんどん増えていっちゃうのです。 どんどん下の方に遠ざかっていくような感じがするわけです。 が、ウィトゲンシュタインらの手法を知ってしまった以上、「真理とはイデアである」というふうに無邪気に語ることはできないのですね。 とはいえ、読み手としては、無邪気に真理について語ってくれている方が、瑞々しくて愉しく読めたりもするわけです。 たとえそれが不完全な議論であっても、です。 そのあたり、物語としての真実についても同じことが言えるなあ、と。 プラトンのように一発で、「愉しい」という真実を物語りたいのだけど、経験を積むことで、かえってそれができなくなってくる、なんて部分があるわけです。 このへんのことについて、小説を書き始めて7、8年目ぐらいから、ぼくは結構悩んでました。 が、ここのところ、十代の頃に書いたものをリライトするという仕事をやって、ちょっと得るものがありました。 手法についてのとらえ方を、ほんの少し変えてみよう……と。 今年は、それで得たものを試していこうと思ってます。 次はたぶんダッシュ文庫の仕事になるでしょう。 愉しく瑞々しいものになればいいと思ってます。 |
| ■ 2004/01/28 |
ここのところ、パペットマペットのことを考えない日はありません。 ありていにいえば大ファンです。 わたくしの小説は、すべてパペットマペットの影響を受けていると言っても過言ではありません。 唐突に明かされる衝撃の新事実。 でも、実はまだ4回ぐらいしか見たことないんですよ。 レギュラーで出てる番組ってあるんでしょうか。 ねたのビデオとか発売されたりしてるのかなあ。 今度調べてみよう。 どなたかご存じの方おられたら教えてください。 あ、いま書き込みながら、ふとゼンゼン関係ないことを考えてた。 以前に、書く経験を積むほど自分に不足な部分が見えてきたり、物語の真実から遠ざかっているような感じがして嫌になる、ってな話をしたんですが、この過程が哲学の歴史とちょっと似てることに、ふいに気づいてみたのであった。 続きはまた明日。パペットマペット。 |
| ■ 2004/01/26 |
いったいどうなってるんだ、この寒さは。 地球温暖化はいったい何をやってるんだッ、と村上和成のようにいきりたった感じで問い詰めたい。 太陽も太陽だ。 雲もなく晴れ渡ってるというのに、地面はなんの変わりもなくカチンカチンに凍ってるのだ。 放射冷却だかなんだか知らないが、やる気あんのか。 やる気ないんだったら帰れ! と、会社の朝礼でぼくがよく言われてたことを叫びたくなる。 …………。 …………。 気づかされた。 そうか。きみもそうだったのか。 わかる、わかるぞ、冬の太陽。 アクティブな真夏の太陽といつも比較されて、さぞかしつらかったことだろう。 心ならずも生まれた仲間意識。 ちなみに会社の朝礼。 わたくしが勤めてたとこでは、気合の入ったでかい声で社訓を読まないと上のように叱られるのであった。 いまとなっては懐かしい。 ぼくは大きい声をだせる人間ではないので、毎朝烈しくなじられてたもんです。 ただ、社会人になるってのは、そういうことなのです。 甘えた学生気分ではつとまらないものなのです。 わかってはいるのですが、あえなくドロップアウトしてしまったわたくし。 やる気をなくすどころか、会社それ自体から脱落してしまったわたくし。 そんなことを、冬の寒さから思い出す。 自分のダメ人間さを再認識する材料には、およそ事欠かぬ。 |
| ■ 2004/01/25 |
欲望とは尽きないものなのであった。 次の目標は千人としておこう。 しかし、そこまで到達するには、やはりなんらかのヒキが必要だろう。 というか売れない作家の日記では、500人あたりがもはや限界と言える。 仕方がない、わたくしはじつは眼鏡っ娘の女子高生である、ということを、もうカミングアウトしてしまおうか。 ずっと隠していたのですけど。 そろそろ、真実を明かすにはいい頃合いかと。 芥川賞とかもらえるかもしれないし。 ところで昨日、風呂の温度調節を果てしなく誤った。 普段は水の蛇口を目盛り一つぶんぐらい開けてちょうどいい温度にするのだが、それをカンゼンに忘れていたのであった。 湯船に蓄えられた熱湯。 しかしそんなことには気づかず、いきなり洗面器でかけ湯をしてしまい、豪快にたいへんなことになった。 深夜にたった一人で、ダチョウ倶楽部の身のこなしを心ならずも完璧に再現。 とりあえずたいへんなことになったのは主に下半身であったが、ここでは詳細は書かない。 女子高生なので。 |
| ■ 2004/01/23 |
そして夕方ごろふと気がつくと、カレーライスのことを考えてました。 その間の経路はあんまり覚えてません。 確か、パペットマペットのこととか有機ELのこととかセクレタリアトのこととか割りばしのこととか考えてた。 今日もよく働いたなあと思いました。 |
| ■ 2004/01/21 |
ありがたいことです。 つい二年近く前までは、一日50人ぐらいだったこのサイト。 よく成長したものです。 それにしても、急に増えましたね。なんかありましたでしょうか。 やはり、ノーブラという言葉が効果を発揮したのでしょうか。 というかここ数日ノーブラばかりですみません。 まさか4日連続でノーブラについて言及することになろうとは。 自分でも驚愕です。 いまや、ノーブラに関しては頂点を極めつつあると言っても過言ではないでしょう。 ちなみにこんなどうでもいいことを書いているのは、書くことがなんもないからです。 相変わらず一日中呆然としてます。 壁のシミとかを無言のままじーっと見つめてたりしてます。 あとは新日のリングに乱入するスケジュールを立ててたぐらいでしょうか。 「かかって来いやコラーッ!」 「いつでもやってやるぞコラーッ!」 っていう台詞をインタビューなどでうまく叫べるか不安です。 |
| ■ 2004/01/19 |
突っ込まれるまで続けますよ。 ところで関係ないですが、自分の話すペースって気になることありませんか。 わたくしは元々ゆっくり話す人なんですが、大学や社会人時代に、 「もっとシャキシャキしゃべれ!」 とさんざん叱られてから、できるだけ高速で話すようにがんばってましたのですけど、速く話そうとすると脳がついてこなくてまったく要領をえなくなってしまうため、近頃はやっぱり自分のペースで話すようにしてたのだけれども、そうしたゆっくりペースで話してるとたまに相手がイラッときてるのがわかったりして、あわてて会話のペースを上げようとするのだけれど、舌が回らず噛みまくってしまい、「アウッ……うあ……」とかよくわからない状態になったりするわけです(長い日本語)。 最近、ビデオデッキとかウィンドウズのメディアプレイヤーとかで、1.5倍速で音声を再生できるやつがありますよね。 ああいうので、リアルタイムに音声変換してくれるようなのってできないもんかとかよく思うのであった。 いや、ほんとに。 すぐに道具に頼ろうとしてる時点で、あからさまにのび太と同格。 |
| ■ 2004/01/17 |
来客記帳簿に、今後の出版予定を知らせてほしいとあったので、たまにはそのあたりをおおっぴらに開陳したり面陳したりしていこうと思った。 開陳面陳。 二日連続で微妙にエロスですみません。 ちなみに面陳という言葉は販売部のK沼さんに教わりました(ホントは別にエロい意味の言葉などではありませんが)。 K沼さんありがとうございます。 しかし、出版予定といっても、正直なところまだなんにも手を着けてないのが現状だったりする。 ジハード文庫版の仕事がほぼ終わったので、まだ呆然としてたりする。 一日中砂時計の砂が落ちるのを見つめてたりして、まさしく廃人の気配。 が、先日ダッシュ文庫の美少女編集者F田さんから、 「5月と8月と11月の発売スケジュールに入れてしまいましたので頑張ってくださいねこの野郎」 という内容のメイルを受け取った。 まじっすか。 まだ一文字も書いてないのに。そんな豪快な。 以前、「吼えろペン」というまんがで、本人も知らないうちに「次週より炎尾先生の新連載開始!」と宣伝をうたれて驚愕した、というエピソードがあったが、まさしくそんなカンジであった。 まあ、わたくしは実はケツを蹴られたほうがいいタイプなので、ありがたいことではあったりする。 作家には、書け書けと言われるとやる気をなくしてしまうアーティストタイプと、書け書けと尻を蹴り上げられるとウッカリ書いてしまうマゾヒストタイプがいると思うが、ぼくはカンゼンに後者だったりする。 なので今後もケツを蹴られながらがんばろうと思った。 というか面白かったのでつい日記に書いてしまった。 そんなわけで、ダッシュ文庫は上記のスケジュールで出るかもしれません。 出ないかもしれません。 よくわかりません。 あくまで予定です。 ちなみに内容は、一つは19世紀の英国もので、もう一つはそして彼女は拳を振るいもの(ぇ)です。 あとは、1月2月のジハード集英社文庫版ですね。 それから、今年後半にJ−BOOKSから歴史創作もの、で、あともうひとつ、余所から科学ファンタジーものが出るような気がします。 出ないかもしれません。 よくわかりません。 あくまで予定です。 まあ、とにかく一つ一つ丁寧に書いていこうと思います。 そんな感じ。 |
| ■ 2004/01/15 |
以前、とある女性作家の方がエッセイで、 「せっかく一流ホテルでのパーティなのに、業界人ぶった薄汚い格好の男がたくさんいてうんざりする」 って怒っておられた。 それが恐怖で、わたくしはなるべくスーツを着ていくことにしている。 が、若い人が多い会場だと、スーツにネクタイは逆に浮いてしまうのであった。 才能のある人はジーンズにTシャツでもその人らしい独特のカッコよさがあって、パーティでもなんか違和感がない。 才気というか個性というか、そんな雰囲気が漂っている。 で、出版社パーティなんかではそういう人が集まってるわけである。 が、わたくしにはもちろん、そんなカッコよさはないわけである。 そういう格好で参加すると、 「薄汚い、近寄るな」 って、エッセイに書かれてしまうに違いないわけであった。 とはいえ、スーツにネクタイだと、 「うわー、サラリーマンみたいで才能なさそう……」 ってカンジで周りから浮いてしまうのであった。 かといってモード系スーツはわたくしには似合わないことおびただしいのであった。 まったく、さじ加減が難しい。 とりあえずいまのところ、ノーブラで行くことだけは決めている。 これだけは譲れません。 |
| ■ 2004/01/13 |
誰もが考えることかもしれませんけど、今後の発売スケジュールが、 2004年 10−2の主人公の子孫達が活躍する「ファイナルファンタジー10−3」発売 2005年 10−2の続きが見たいという声に応え、「ファイナルファンタジー10−2−2」発売 2006年 10−2−2の人気脇キャラを主人公にした期待作「ファイナルファンタジー10−2−2アナザーストーリー」発売 2007年 新シリーズ化された人気作「ファイナルファンタジー10−2−2アナザーストーリー2」「ファイナルファンタジー10−2−2アナザーストーリー3」が立て続けに発売 2008年 アナザーストーリー2の過去が明らかになる衝撃作「ファイナルファンタジー10−2−2アナザーストーリー2−ゼロ」発売 とかになったらちょっと面白い。 ちょっとだけですけど。 |