ひみつ日記

タフガイのタフガイによるタフガイのための日記です。
おもに生まれてすみませんとか書いてます。

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■ 2005/01/17
    そういえば、「ブラックランド〜」の続きは出るんですか、と聞かれがちな昨今。
    書けたら、たぶん出ます。書けたらですけどな。。
    ただ、ダッシュ文庫では一冊別のやつを挟んでからになりますよ。
    女の子達が哲学を武器にして殴り合う、という何だかよくわからない話です。
    「制覇するフィロソフィア」
    という仮題で書いてます。

    ところで、「ブラックランド〜」。
    「全身の動かない天才少女が、少年に抱っこされて賭けチェスで闘う」
    という話なのだけど、これ、

    A.うちのマルチーズが、我が物顔で乗っかってくるのが可愛い。

    B.これが人間の天才少女だったら面白いお話になりそう。

    C.抱っこサイズにするために、幼児の頃から拘束されてて手足も動かせないという設定にせねば。

    という、いわば芋づる式必然から出てきた設定なんですよね。
    なもので、作り方と見え方のズレが起こるのでは、と気がかりな今日この頃。
    狂気の世界を描きたいつもりはないので、主人公達の関わり合いの愉しさがもっと見える形でなければなあと考えてます。

    そういうちょっとしたことが気になってなかなか書き出せない、そんなグズなタイプ。

■ 2005/01/15
    ケーブルテレビが入ってから、アニメばっかり見てますよ。
    京都はテレビ東京系が入らないので、アニメなんてずっと見てなかったんですが、CS契約してからというものアニメ漬けです。
    アニオタと呼んでください。
    せつなく、そして罵るように。
    いま一番はまってるのは「カレイドスター」ってやつです。
    エースをねらえのサーカス版みたいな話です。
    これが面白すぎます。
    一話三泣きですよ!
    あずまんが大王のようなホンワカした雰囲気もツボです。
    ご存じの方おられますか。

    ところで、競馬で大儲けしたので、景気づけにグッチの財布など購入してみた
    が、わたくしのような者がブランド物など持った場合、
    「キモい男がブランド物でムリにかっこつけているものの、身の丈や身分に合ってないのでかえってダサい」
    という状態に見えはしないかと危惧してみた。
    そこで、そのあたりのことを特技のソロバンで計算してみたところ、
    「そう見える」
    という結論に鋭く到達した。
    ソロバンで計算できるんですか、と敏速に突っ込んでください。
    そんなわけで、いまだ家で眺めて楽しんでます。
    ホントは、使うのがもったいないということです。
    例によってせこい。

■ 2005/01/12
    どうも自宅にどうぶつ分が少なすぎるので、リアルぬいぐるみで補給してみました。
    ちなみに、ヤフオクで500円でした。
    安い……。
    ダンボールに捨てられた子犬を拾ってきた気分です。
    つまり、人格者のぼくにとっては、いつも通りのことです。

    それにしても、ヤフオクで買い物をするときは緊張します。
    だって本名だし。
    オークションで買い物をするたびに、ペンネームにしておけばよかったとか思いますよ。
    まあ、実はぼくの本当の名前はカカロットというので、大丈夫といえば大丈夫なんですがな……。

    とはいえ、地球では一応定金伸治が本名となっているので、やはり少々困りものです。
    あやしい買い物とかできないしな。
    ここはひとつ、ペンネームを決めて再デビューとかしましょうかね。
    どんな筆名がいいだろうか。
    「おじやしんじ」
    とかいいですかね。

    わたくし、凄いところからパクった。
    (ファンです)

■ 2005/01/10
    以前、年下の友人たちと飲んでた時に、ジャングル黒べえの話になった。
    ジャングル黒べえとは、アフリカのジャングルで育った奇妙な黒人の黒べえが「ウララー! ベッカンコー!」と叫びながら呪術を使い、平和な日本に一騒動をもたらす、といったお話である。子どもの頃に好きだったアニメだった。ちなみに、藤子不二雄原作の作品である。ドラえもんやオバQが、一風変わった黒人の子どもになったバージョンと想像していただければ、だいたい合っている。

    が、友人は誰もこのジャングル黒べえを知らなかった。
    というか、その存在を信じなかった。
    「この人権国家の日本で、そんな設定のアニメが放送されるわけないでしょ!」
    とわたくしをいたく罵るのだった。
    確かに、ちび黒サンボでも発禁になるぐらいだから、こんな設定の子ども向けアニメが公共の電波に乗っていたとは考えにくいかもしれない。
    でも、実際にあったんだからしょうがないのだ!
    と主張したが、やはり誰も信じないのであった。

    で、
    「いや、ホントにあってんって」
    「どうせ今捏造したんでしょう。それか夢で見たとか」
    「じゃあ、主題歌とか覚えてるのはどういうことなんよー。黒べーのくーの字はくっちゃめちゃーのくの字♪とか」
    「……主題歌の記憶まで作ってしまうとは、完全にノイローゼだ……」
    「えぇぇぇええええぇぇ!?」
    「かわいそうに……」
    という悲惨な末路をたどる。

    知ってる人いますよね?>ジャングル黒べえ
    というか本当にありましたよね。

    例によって、だんだん自分が信じられなくなってきている始末。

■ 2005/01/08
    しばらく日記をさぼっていた。
    どうもすみません。
    正月は新進歌手新春シャンソンショーに出演していたため、更新する暇がありませんでした。
    最近そんなのばっかり。

■ 2005/01/03
    携帯電話を買った。
    ついに買ってしまった。
    これでいつお助け女神事務所から電話がかかってきても大丈夫と言えよう。
    ほっと一安心。

    ところで皆さんは知らないことと思うが、最近の携帯はなんとカメラやメイルが使えるのである。
    まさに時代の最先端を行くわたくしらしいアイテムである。
    この機能をいかにして利用するか。
    今年エヴァンゲリオンもチェックしているほど流行に敏感なわたくしのセンスが試されている。
    とりあえず、自分のPCアドレスに自分の顔写真を送ったりして遊んだ。
    まったく、仕事のできる男である。

    ところで先ほど、某J作家に犬画像を送付してみたところ、その返信で、福袋に入ってたという毛皮のコートの画像が送られてきた。
    犬写真のお返しに、その加工後の毛皮の写真を送るとは。
    その黒さに初笑う。

■ 2004/12/30
    しばらく日記をさぼっていた。
    どうもすみません。
    てじなーニャ! とポーズを決めながらマジックをする副業が忙しく、なかなか更新できませんでした。

    ところで、前に書いたようにMー1を見に行ってた。
    これが面白すぎた。
    生の漫才はすごいですよ。
    テレビで見るのとでは、ふたあじぐらい違いますよ。

    それにしてもお笑いの人はすごい。
    反射神経もすごいし、あと何というのか、キャラを演じて笑わせる自己演出力というか文章力というか、そういうのもすごい。ボケキャラとか不思議キャラとか。
    たとえばライトノベル書きの場合だと、昔、あとがきを書く時なんかには、
    「年少の読者も楽しめるように、明るく楽しいノリで」
    みたいな指示があった。でも、作ったキャラを演じて楽しんでもらうというのはなかなか難しいことなのであった。
    結局いまでは、あとがきにしろ日記にしろ、自分そのままで書いているわたくし。
    自然体と言えば聞こえがいいかもしれないが、ただの筆力不足かもと思えてくる昨今であった。

    で、M−1の後は例によって暗黒小説家宅に泊まり、例によって翌日タモリさんの坂を巡って東京散策をし、例によって翌々日ダッシュ文庫の某美少女編集に絞られてた。
    聞くところによると、某美少女編集は最近、人を殺す夢ばかり見るらしい。
    そして実話だが、わたくしは、三日に一回は刺殺される夢を必ず見る。
    原稿を烈しく遅らせているため、なんか異様に暗示的。
    生命の危機を感じずにはいられません。
    ところで、暗黒小説家宅で描いた記憶スケッチが、サイトのトップに載せられてた。
    ここは断固、著作権料を請求せねばなりません。
    あ、それからあともう一つ。
    新選組の最終回を録画し忘れて、ただいま泣いております。
    というか録画はしたんですが、途中で切れてました。
    だれか録画されてる方はおられませんか。
    おられたらメイルください。
    最後が気になるあまり、毎日10時間しか眠れず、わたくし困り果てております。

■ 2004/12/24
    JRAのサービスで、過去の有馬記念の映像を集めたDVDが届いていた。
    おもむろにそれを見てみたところ、オグリキャップのラストランとトウカイテイオー奇跡の復活で、またしても号泣する。
    何度見ても泣ける。
    こんなに泣けるのは、ハチ公物語と南極物語ぐらいのものである。
    って、全部どうぶつもの。
     
    よくよく考えてみると自分の小説でも、等身大の人間を描いているというよりは、人間の姿に人間のキャラが付随した微笑ましいどうぶつ達を描いているような気がしてきた。
    これもファンタジー適性なんでしょうか。
    まあ、それもわたくしらしい書き方。あるいは特質。
    そんなわけで多分これからも、舞台が現代であれ歴史であれ、ファンタジアなお話を書いていくんだろうなあと思ったのでありました。

    それにしても、わが目を疑うほどクリスマスに関係ない。

■ 2004/12/20
    ケーブルテレビでCSチャンネルが見られるようになった。
    それにしても、引っ越し時にはケーブルテレビもBフレッツもなかったのに、引っ越し直後から使えるようになってラッキー。
    とか思っていたら、NTTのプレゼントキャンペーンでM−1グランプリの観戦チケットが当選してしまった。
    なんとまあ。
    競馬も当たるし、ここのところ運が良すぎる。
    お助け女神事務所から電話がかかってきそうなほどの勢いである。
    だいじょうぶなんでしょうか。

    ところで今、CSでエヴァンゲリオンを見ている。
    京都では放送してなかったので(テレビ東京系のチャンネルが京都にはないのだ)、ほぼ初見なのであった。
    レンタルビデオで数話ぐらいは見たのだが、そこで店がつぶれてしまい、そのままになっていたのであった。

    で、いま十話ぐらいまで見た。
    面白い。
    面白すぎる。
    こんな面白いアニメ、いったいどこに隠れてたんだ。
    ぜんぜん隠れてませんか。
    エヴァンゲリオンについて語り合いたくなったが、周りにそんな知人はいないのが残念なところであった。
    というか時代から遅れすぎ。
    物書きとしてだいじょうぶなのか。どうなのか。

■ 2004/12/15
    酔っぱらったまま座椅子で眠ってた。
    はっとして目覚めると、すでに夕方だった。
    薄暗時間→薄暗時間ですよ。
    タイムトラベルに目覚めてしまったのかと思いました。
    今日という日はいったいなんだったんだ。

    それにしても、身体の下になってた左手が、猛烈にしびれていた。
    しびれまくっていた。
    あやうく、左腕に組み込まれたサイコガンが暴発するところでした。
    危なかった。

    できるだけくだらない思考に逃げることで、一日を無駄にしたのを脳から抹消する高度な作戦。

■ 2004/12/13
    ここのところ、女性からのお誘いメイルが山ほど来ている。
    「30歳の人妻なんですが、夫が出張中で寂しいの……」
    とか、
    「いままで男性とお話しした経験がほとんどなくって……。ぜひうちの掲示板に来てね。待ってます」
    みたいなメイルである。
    おそらく、わたくしの強靱なラブパワーに引き寄せられてきたものであろう。
    まあ、仕方のない話ではある。
    とはいえ、いかな愛天使のわたくしにも、さすがにそんなに大勢の女性を相手にすることはできないわけである。
    どうするか対策に迷うところである。

    熟考した結果、恋人がいない友人のアドレスを使って全部返事をすることに決めた。
    さすが愛の天使。
    やることが心憎い。

■ 2004/12/12
    うわー。
    10万馬券当たっちゃったよ!
    ×百円も買ってたので×十万円の収入ですよ!
    先週も10万円ぐらい儲けてたので、もうだめになりそうな額をたった二週間で手にしてしまった。
    ぼくはだいじょうぶですか。
    明日はもうこの世にはいないのかもしれません。

    このお金、何に使おう。
    とりあえず、アマゾンで自分の本を買って売り上げ順位を上げたりしてみようか。
    グーンと。

    明らかに自分を見失っているわたくし。

■ 2004/12/11
    そういえば11月28日に編集さんが誕生会を開いてくださった。
    コバルト/ダッシュ文庫パーティの前日である。
    そしてつまり「これでお前のしょっぱい精神を癒してやるから働け」という意味である。
    まさに飴と鞭。
    ありがたいことです(実際に)。

    それにしても、二段重ねのケーキがでかかった。
    なんというか、三面図にして表すと、
    ◎      (平面図)
    凸|凸    (正面図|側面図)
    といった感じ。
    バラエティ番組とかでよく見かけるやつである。
    こんなのが実在しているとは。
    あやうくクリームの中に顔を突っ込みそうになった。
    うそです。

    そしておいでくださったのは、J出身作家2名。
    この数字にわたくしの豊かな人脈がうかがわれると言えよう。
    そういえば、
    「さだかねさんは桃太郎電鉄USAは買いますか」
    「あー、買う買う。でも、あれよく買ってるけど、複数プレイしたことなかったり。常に一人プレイ」
    「ぼくもです。というか、コンピューター同士が闘ってるのをじっと見て楽しむ無人プレイをしています」
    「暗!」
    という心の腐った会話が、暗黒小説家との間で交わされていた。

    帰り、新宿アルタの前に出た時、
    「ここがアルタですよ」
    「おー、ではここで毎日タモさんが。入ったことある?」
    「ないです。まだ資格がないので」
    「タモリ拍手の検定とかあるんですか」
    「ええ。そのための専門学校に入ってるんですが、まだ卒業証書がもらえません」
    「なるほどー」
    「タモリはんこを卒業証書に押してもらわないと、アルタには入れないのですよ」
    「おー、やはりタモリへの道は遠いんですな」
    「その通りです」
    という頭の腐った会話が交わされた。

    その会話を後ろで聞いていた某美少女編集とマツバラさんは、たぶん可愛そうな子を見るような目でこちらの後ろ姿を眺めていた。

■ 2004/12/09
    洗濯をすると、かなりの確率で靴下が片一方なくなるのはぼくだけでしょうか。
    いったいどこに隠れているのか。
    室内で干しているので、そんなになくなるわけないんですが。
    ほんとにどこにも見つかりません。
    ふしぎでしょうがありません。
    ぼくをさしおいてネバーランドへ行ってしまったんでしょうか。
    森の動物たちと演奏会とかしてるんでしょうか。
    もうここ20年ぐらい、はやく妖精の国へ連れて行ってください、と願っているぼくよりもくつしたの方を選ぶなんて、まったくティンカーベルも意地が悪いことです。
    ふと、このことを短編小説にでもまとめてみようかと思いました。
    タイトル、
    「くつしたは遠くに行った」

    ファウストを読んでいたわたくし、またもや電光石火でパクった。

■ 2004/12/06
    パーティからの帰りで迷っている間、一人カラオケとか行ってた。
    ちなみにわたくし、よくカラオケには行くが人前では歌えないという特異な習性を持っている。
    あ、そういえば思い出した。
    十月上旬に上京したときも、夕方から横浜の地下街で一人飲んだくれた後、一人カラオケから漫画喫茶に宿泊という黄金コースを辿ってた。
    これはよくない、とふと考えてみた。
    なにがよくないって、作家生活十数年で業界内にできた友達が数人、というのが、ちょっと人間性を疑われそうな気配を醸し出している。

    よくよく考えてみると、みんな向こうや編集の方から声をかけてもらって友達になった、ということに気づいた。
    『身内だけで楽しむニフティの会員制掲示板に誘われた』とか『編集者に「京都の案内でもしてあげたら?」と言われて「あー、お願いします」「いいっすよー」ってなった』とか『「みんなで●●に行きましょう」と遊びに誘ってもらった』とか、そんなんである。
    なんという烈しい受け身っぷり。
    33歳の大人としてこれでよいのだろうか。
    そこのところを一週間かけて吟味してみたところ、よくないという結論に達した。
    遅! 
    という皆さんのつっこみ、わたくしの胸に熱く響いた。

    来年は、自分から知り合いを作ることを目標に掲げようと考えた。
    そんな小学校入学前の園児のような目標。
    仕事に関して目標を掲げなくていいんでしょうか。
    たぶんよくない。

■ 2004/12/02
    あ、下の日記。
    少女でも少年でもないファンタジーな人体って、結局「ジハード」のエルシードみたいですな。
    まあ要するにロボみたいなのがたくさん出てくる話です。たぶん。
    生温かく見守ってやってください。

    ところで先日、コバルト/ダッシュ文庫の新人賞パーティに行ってた。
    こういう場では、わたくしは何故かゼンゼン別のことをぼんやり考えていることが多い。
    悪い癖で、自分でも治さねばならぬと思っているのですが。
    挨拶回りぐらいしろと自分には声を大にして言いたいところ。
    で、去年は確か弁髪のことについて考えていた。
    今年は「タモリの坂道美学入門」のことで頭がいっぱいだった。
    この本は、坂道愛好者のタモリさんが東京の坂道をたくさん紹介している本である。
    なんてマニアックな。
    さすがタモさん。
    関係ないが、トルコに一緒に行った面々は全員タモリファンで、毎日タモリのことばかり話していた。
    おそらく、トルコでタモリという単語を発した回数の多さでは、われわれが群を抜いている。

    で、この本を毎日眺めていたわたくし、どうしても坂を実際に見てみたくなった。
    かつてタモさんが歩いた場所を、わたくしも辿るのだ。
    そんな志を抱いてわくわくしていたのであった。
    そのためパーティの間ずっと、あの坂に行こうかそれともこの坂にしようか、みたいなことばかり考えていた。
    そしてパーティが終わったあと、作家さん同士が集まる二次会といった華やかな集団から離れ、徒歩で坂を探索に出た。

    結果……
    泣きながら迷子。

    東京砂漠は、タフガイの中のタフガイであるわたくしにも実に手強い。

■ 2004/12/01
    以前にも書いたが、わたくしはおっぱい非実在論を提唱している。
    説明すれば長くなる。
    かいつまんで言えば、観測しえないものは実在しない、ということに尽きよう。
    「私」が認識しうる対象のみが存在するものとして認められる、とデカルトも言っている。
    「わたくし」が観測できない存在は、実在ではないわけである。

    だいたい普通に考えても、胸の部分に意味もなく半球状の肉塊を二つも抱えているというのは奇妙すぎるわけであり、ほとんどシュールとさえ言えよう。
    しかも、「おっぱい」という名前。
    嘘くさすぎる。どう考えてもありえないでしょう。
    それに、逃走に不利な肉塊を抱えた個体など、進化論的に見ても、自然界では淘汰されるに決まっているわけである。

    しかるに、おっぱい非実在に関してこれだけの根拠があるにもかかわらず誰もそのことについて疑問を感じていないのである。
    一般の人々ならいざ知らず、言葉を操ることを職業としている作家さえ、そうなのである。
    まったく困ったものである。
    男性作家は、実在を確かめる術もないにもかかわらず、根拠もなくおっぱいを作品中に記述しているわけである。
    女性作家は、実際にはありもしないおっぱいを、そうと知りつつ、さも実在しているかのように作品に登場させているわけである。
    なんという不誠実ぶり。
    わたくしは、こんな文壇に対して、敢然と立ち向かおうと考えた。

    そんなわけでわたくし、次回作ではおっぱいを排除することに敢然と決めた(実話)。
    首から上は女性ですが、身体は別型の人体にしようと敢然と決めてみました。
    そんな崇高な挑戦精神。


    本当の理由:そっちの方が書きやすいから。

    いや、次回作は女の子が殴り合う話なんですが、男と女では殴られたら痛い場所とかいろいろ違うような気がするじゃないですか。
    よくわからんし、実感をもって書くことができないし、何よりヘナチョコンには調べづらいということで、あろうことかわたくし、もう女性の肉体は排除してしまおうと考えたのであった。
    自分の知識や考え方を向上させるよりも、作中の肉体の方を変更。
    いかにも、人生のあらゆる場面で目前の困難から目を背けてきたわたくしらしい選択。

    そんなわけで次回作、顔や脳はみんな女の子ですが、首から下は少年ベースの肉体になる予定。
    つまり、ファンタジーを、世界だけでなく肉体の方向にも広げるわけです。
    脳とは異なるロジックを持つ、もう一つの身体性。
    うむ。ちょっとメルロ=ポンティっぽい。

■ 2004/11/27
    そういえば以前、知り合いの作家さんが業界内の方と結婚されたという話を聞いた。
    ほとんど会ってすぐ、というウワサだった。
    そういう話を聞くたびに、わたくしは大いに悩むことがある。
    普通に仕事の話をしていて、それがどのようにそういう話へと接続されていくのか。
    天才的ヘナチョコンであるわたくしにとっては、そのへんが実に謎なわけである。
    「それでは●●ページの××は△△ということで、よろしくお願い致します」
    「そうですね。結婚しましょう」
    みたいなカンジなんであろうか。
    実物を観察することがないので、推測不可なわけであった。
    あるいは、大人はみんな知っている合図とかあるのかもしれない。
    たぶん。
    ラジオ体操第二とか。
    またラジオ体操第二ですか!
    とか突っ込みつつ、今後ぼくの小説で告白シーンが出てくるのを注目していただきたいと思う。

    ちなみにこれでも可。
    奇妙ー。

    それにしてもあまりに中身のない話にみずからあきれる。

■ 2004/11/23
    トトロンという名前のソファを購入してみた
    推測の話なのだが、たぶん形状がトトロに似ているからトトロン。
    ネーミングに惚れて思わず買ってしまった。
    でも、これなかなかいいですよ。
    低反発でどっしりしてるので、本当にトトロの腹に座ってる気分。
    宮崎監督侮りがたし。

    ところで関係ないが、先ほどカフェテリア方式のレストランに行ってた。
    ご飯を受け取るところに10歳ぐらいの小学生が数人集まっていた。
    で、その中の一人が店員に向かって、
    「ライス大って言うたやろボケ! 耳ついとんか殺すぞ!」
    と激しくキレていた。
    「まことに申し訳ございません! すぐにお取り替えいたしますので……」
    と何度もお詫びをする30代後半ぐらいの男性店員。

    これはある意味、いまの教師と生徒の縮図かも。
    とか思いながら黙ってうどんをすする、事なかれ主義のわたくし。

■ 2004/11/22
    そんなわけで、来年度の予定でも書いておきましょうか。
    宣言しておくと、書かねばならない気分になるし。

    いまのところ、来年にはやろうね、ということになってるのは、
    ダッシュ文庫で「ブラックランド〜」の続きと、もう一つ。
    他社さんから二つ。
    J−BOOKSで一つ。
    集英社文庫で一つ。

    ……6つある。
    いま気づいた。
    うーむ。
    ま、いいか。
    とにかく、ダッシュ文庫は某美少女編集者が怖いので早めにやっておきたいし、他社さんは猛烈に長い間お待たせしてしまっているので早めにやっておきたいし、J−BOOKSはデビューさせていただいた恩があるので早めにやっておきたいし、集英社文庫のやつはちょっとピンと来たネタがあるので早めにやっておきたいと思ってます。

    そんな行き当たりばったりで大丈夫なのかと思うが、いままでそれでなんとかなってたのでたぶん大丈夫。
    わたくし、見込みの甘いタイプ。

■ 2004/11/19
    どれぐらい売れたいかというのが、なかなかに微妙だ。
    作者としては、できるだけたくさんの人に読んでもらいたいというのは当然の欲求なわけである。
    お金持ちになりたいという欲もそこそこあるわけである。
    が、同時に、あまり目立ちたくないという気持ちもあるわけである。
    周知の通り、わたくしは作家界一へなちょこな精神の持ち主なので、メディア等で自分の小説が叩かれたりしてるところを見てしまうと、数秒で首を吊ってしまう危険がある。
    なので、次の小説を出してもらえる程度にはそこそこ売れて、読んだ人の心には印象がそれなりにじんわりと長く残り、マイナーだけど良作とかそんな風に言ってもらえるような微妙な位置で、自分の好きな物語だけを書いて静かに暮らせれば、というのが正直な望みなわけである。
    事なかれ主義ここに極まれり。

    ところで前にも書いたが、わたくしはだいたい年間250万円あれば余裕で生活できる。
    ということは、年に3冊ほど本を出せば収支がプラスになるということになる。
    ちなみに今年は3冊だった。
    ぎりぎりセーフといった風情である。
    来年は死んでも4冊は出そうと考えてみた。
    もっと書けよと言われそうだが、たぶん5冊6冊ぐらいになってくると、1冊に注入される妄想量が減ってしまうであろう感覚があるのであった(個人的に)。
    時間の制限ではなく、興味や空想の数による制限である。
    一つを薄めてたくさん書く、ってのもやれないことはないと思うが、わたくしとしてはどうもそれはやりたくないわけである。
    読んだ人にがっかりされるのが怖いわけである。
    作家としての責任というより、やはり脆弱な精神の発露なわけですな。
    いやはや。

    というわけで来年は石にかじりついても4冊。
    今年はぜんぜん予定通りいかなかったし。
    宣言して自分を追い込んでおこう。
    次回は今のところの予定でもメモっておきますかね。

■ 2004/11/16
    半身浴が意外に難しい。

    というのも、まだ半身浴という言葉が今ほど定着していなかった頃のことである。
    知人と話していた時にその話題が出たのだが、わたくし、
    「でも、風呂が広くないとできないよねえ」
    と言って奇妙な顔をされたことがある。
    つまりわたくしは、半身浴というのは湯船に浮かんで前半身を水面に出し、尻半身だけをお湯につけるヨガのポーズみたいなものと理解していたのであった。
    黒柳徹子がよくやってるやつですな。

    だいたい、人間の肉体は三次元空間に存在しているので、軸に垂直な平面で二分割する方法は、実に三通りも存在するのである。
    これが問題を複雑にしている。
    ただ、いまではもう「半身浴とは背骨方向を軸としてそれに垂直な平面で人体を分け、その半身を湯船につける」という知識が流布されているため、間違いは起こりにくくなっている。
    ……と思われている。

    しかし、まだ問題は残っているのである。
    なぜこのことにまだ誰も気づかないのか。
    というのも、半身には上半身と下半身の二通りが存在するのである。
    つまり現在の知識だけでは、なんと50%の確率で上半身の方をお湯につけてしまうわけである。
    まったく、危険な話である。
    半身浴をすることにより50%の確率で10分以内に死亡してしまう、という可能性にまだ誰も気づいていないわけである。
    これはもう、マムシやトリカブトなど問題にならないほどの危険性と言えよう。
    正義感に満ちているわたくしは、いまや大いに警鐘を鳴らしたいわけである。

    「下半身浴」と名称を変えるべきであると主張したい。
    その方がいかがわしいイメージがして楽しい。

■ 2004/11/10
    政治や社会情勢にあんまし興味ないわたくし、郵政民営化について考えてみた。

    なんかふと気づくと、20年ぐらい前からいろんなものがどんどん民営化されてますね。
    よく覚えてませんが、国鉄とか電電公社とか専売公社とか。
    ほかにも何かあったかな。
    で、次は郵便局というわけです。
    このペースで行くと、そのうち警察とか水道局とかも対象になったりするのでは。
    そういうのが民営化して、いろいろ親切になったりするのはいいことです。
    でも、調子にのって、例えば裁判所とかまで民間になって妙に愛想良くなったらと思うとちょっとこわい。

    例えば被告に対してもウェイトレスが来て、
    「いらっしゃいませ! 一名様でございますね? おたばこはお吸いになりますでしょうか?」
    とか。
    で、判決の時も、
    「御被告様、ご判決の方繰り返します。ご死刑の方お一つということでよろしかったでしょうかぁ?」
    とか。
    で、死刑場に向かう時も、
    「本日はご利用ありがとうございました。気をつけていってらっしゃいませ!」
     とか。

    ……若手お笑い芸人のコントのようになってしまった。

■ 2004/11/06
    プロレスリング・ノアの試合で、負けたら「KENTA」が「けんた」、「SUWA」が「すわ」に強制改名させられるという「屈辱の改名マッチ」ってのをやってた。
    ふと、「さいたま」に市名が変わった住民の人はたいへんだなあと思った。
    住んでるだけで罰ゲーム。
    そんな心憎い政策。

    そういえば、ぼくの出身地の隣に「大阪狭山市」というのがあるのだけど、ここも以前「狭山町」から市に昇格となった時、妙な名前に決定しそうになったと聞く。
    その名前、
    「ザ・さやま市」。
    すばらしすぎる。
    意味もない定冠詞が否応なく素敵。

    あ、本当の話ですよ(現地出身の知人の言葉が正しいのなら)。
    確か、住民投票で落選したとか何だとか。
    正確な話を知ってる方は教えてください。

■ 2004/11/04
    引っ越しの際に何が困ったかと言えば、やはりウォシュレットがしばらく使えなかったことなのであった。
    転居ついでに買い換えたのだが、数日のタイムラグができてしまった。
    わたくしはトイレがウォシュレットじゃないと暴徒化してしまう病気にかかっているので、なんとも非常に苦しい状況であった。
    確か、道行く人を4、5人は襲撃した。
    いやはや。
    まあ事情が事情だけに、警察も理解してくれることでしょう。

    近所にザ・めしやというすごい名前のファミレスを発見。
    カフェテリア方式で家庭的なメニューの料理を自分で選ぶレストランなのだが、ベンリすぎて怖い。
    わたくしはたくさんの料理をちょっとずつ食べたい人間なので、そのへんもありがたい。
    トルコのレストランをちょっと思い出した。
    ただ、こういう普通の家庭料理なら、自分で作れば半分の値段で自分好みに作れるんですよね。
    つまり料理を作る一時間を惜しんで数百円を損していると思うと、ご飯を食べながら何かテンションが下がってしまうのであった。
    地獄のようにセコい。

■ 2004/11/02
    引っ越した。引っ越しまくった。
    こんな感じのところである。
    2LDK・55平米のオートロックマンションですよ。
    貧困が板についているわたくしには、微妙に持てあましぎみかも。
    でも、家賃は意外に安いのであった。
    東京だと八畳のワンルームマンションが借りられるかどうか、といったところでしょうか。
    いや、それも無理かも。神奈川県あたりでぎりぎりかな。
    京都の僻地は相場が安くてありがたい。

    あと、なんかこの近辺、やたらベンリなんですよ。
    歩いてすぐに行ける場所に、郊外型書店、大型家電ショップ、漫画喫茶、二四時間営業の喫茶店、ファミレス数軒、スポーツアミューズメント施設、シネコン、西友とジャスコ、パソコン・ゲームショップ……と、もはやわたくしのために店を揃えてくれたような状態。
    引っ越し先、ダーツで決めたのに。
    それにしても、ここまでなんでもかんでもすぐ近くに揃ってると、人間がダメになりそうな気がして怖い。

    まだダメではないのだ、とさりげなく主張して終了。

■ 2004/10/11
    そういえば近く引っ越すのであった。
    同じ京都市内なんですけど。
    新生活となるといろいろ書くこともでてきそうな気がするので、そろそろここも再開しようかと思う所存。
    しばらく引っ越しの準備などなどで書き込みできませんが、落ち着いたら再開します。

    ところで、日記を休んでいた理由の一つに、「思考がもったいない」というのがあった。
    こんなくだらないことを考えているヒマがあるんだったら、小説のことを考えているほうが良い、というわけであった。
    ダメ人間のくせにこんな立派なことを書いていいんでしょうか。
    が、余計なことを考えなくなった分、仕事に思考量が割り振られたかと言えば、ゼンゼンそうはならなかったのであった。
    たんにボーっとしてる時間がちょっとだけ増えただけなのであった。
    なんともはや。
    思うに、思考量というのは、その時に興味を持っている対象の数に比例するものであって、物理的な時間には比例しないのであろう。
    おお、偉そう。

    一日の食費を○○円で過ごそう、みたいな節約企画ってよくありますよね。
    節約自体はいいことなんですが、こういった削る方向への考え方って、ともすると心が縮小する方へと進みがちなんですよね。
    削ること自体にあくせくしてしまうというか。
    削ることで獲得したものをどう利用するかについては忘れてしまうというか。

    そんなわけで、思考を節約するよりも、広げていく方向で楽しんだ方がよかろうとなんとなく思ったのでありました。

■ 2004/08
    ただいま日記は休暇期間中。

■ 2004/08/01
    なんだ。なんなんだあのペプシブルーの青さは。いったいどういうつもりなんだ。
    青い青いとは聞いていたが、まさかあそこまで青いとは。
    いかがなものかとか思う水準を明らかに超えた青さだ。青すぎる。
    まったく、高校生の頃にはじめて『ジハード』という小説を書いた時のぼくの価値観なみに青い。
    書いててうっかり悲しくなってきた。

    それにしても、コップに注がれたペプシブルーを眺めるにつけ、これは本当に食品なのかと疑われてくる。
    こんな真っ青なものを口にして大丈夫なのか。頭からヒヤシンスとか生えてきたりしないのか。
    そう思えるほどに青すぎる。
    まったく、トルコ旅行中にボスポラス海峡の帰路で船が逆方向のロシア方面に動きだした時のぼくと暗黒小説家二人の顔色なみに青い。
    ……もういい。