朝起きると、なんだかたいへん身体が重かったのじゃ。しかし、少々身体の調子が悪いぐらいで惰眠を貪るなどということは、絶対正義のわたしの魂が許さないのである。  そこで、わたしは重い身体を根性でたたき起こし、立ち上がって寝台を離れた。そして、いつも通りわたしは部屋の隅の鏡台の前に立った。わたしは化粧をしたことがないので、鏡に向かう必要はあまりないのじゃが、髪ぐらいは整えておかないとシャラザードに怒られてしまうのである。  そしてわたしは鏡を見た。が、何故かそこにはわたしの姿は映っていなかった。その代わりに、どういうわけか、白黒模様のでかいクマの姿が映っていたのじゃ。 「わーい、パンダじゃ、パンダじゃ」  と、わたしは喜びそうになったが、その寸前でやめた。そんなことで喜ぶのは大人のすることではないのである。  それに。  よくよく見ると、鏡の中のパンダはわたしとまったく同じ動きをしているのじゃ。正確に言うと、左右が逆になった動きじゃが、とにかく、わたしが右手を上げると、鏡の中のパンダは左手を上げる。 「こ、ここ、こここれは、わたしではないか!」  要するに、わたし自身が、原因不明にも、突然パンダになっていたのじゃ。なんともカフカなみに不条理なことである。 「これは困ったのじゃ……」 わたしはパンダのまま、腕組みをして考えた。こんなでかい手では、剣を持つのもおぼつかない。それに、おなかが丸いから、腕立てや腹筋をして鍛えることもできないのじゃ。たいへん困ったことである。 「……まあ、いいじゃ。とにかく、出仕せねばならぬ。いや、その前に朝ごはんを」  そう思ってわたしは、シャラザードを呼んだ。ちょっとしてから、シャラザードはわたしの部屋の扉をたたいた。 「入れ、なのじゃ」 「姫様、失礼しま……」  シャラザードの声は途中で途切れた。わたしのパンダ姿を見て、彼女は声を失ってしまったらしい。ただでさえ大きい瞳が、見開かれた目の間に、より大きくあふれている。 「ーーっ!!!!」  突如、声にならない叫びを上げて、シャラザードは走り去っていった。シャラザードがあんなに驚くのは、この時初めて見た。まあ、我が娘が突然どうぶつになって、驚かない親はおらんだろうが。  しばらくすると、シャラザードはヴァレリーの手を引きながら、もう一度姿を現した。ヴァレリーの方は、まだ寝ぼけまなこである。怠惰な生活をしているから、朝から眠いのであろう。じつにけしからん。 「お父さま、姫さまが、姫さまが・・・・」  涙まじりの声で、シャラザードはヴァレリーに訴えていた。 「ほんとだ、見事にパンダになってるね」 「……驚かないのですか!?」 「べつに、驚かないよ」  わたしはこの時、猛烈に感動した。わたしの姿がどのように醜くなろうとも、ヴァレリーはぜんぜん気にかけないと思ったのである。  しかし、その感動はこやつの次の一言によって、もろくも打ち砕かれたのじゃった。 「だって、昨日の夜中に、私が絶対に脱げないこのぬいぐるみを姫に着せたんだから」 「……」 「……」 「……」 「き、きき、きさまの仕業か! なんちゅうことをしでかすのじゃ!! 今日という今日は、生かして帰さんぞ!!!」 「あ、あなたって人は……」  あの優しいシャラザードでさえ、怒り顔であきれかえっていた。ましてや、私の怒りの大きさはもはや言うまでもない。 「さっさと元に戻せ! さあ、早くこれを脱がせろ!」 「無理だよ、それはどこまでも伸び縮みするシャボン玉みたいなものでね、継ぎ目もまったくないんだ。いわゆる、魔法の道具というやつだな」 「……そんなもの、どこで手に入れたのじゃ」 「昨日、道ばたで拾った」 「そんな怪しいものを、いきなりわたしで試すとは、いったいなにごとじゃ!!」 「だって、おもしろそうだったし」 「こ、こここの大ばかもの!」  わたしはそう叫びつつ、ぬいぐるみの中で暴れ回ったが、やはりどうしても外に出られなかったのじゃ。どうやらこれはヴァレリーの言うとおり、いくらでも伸び縮みするシャボンのようなものであるらしいのじゃ。しかし、魔法の道具なので、ちゃんと外は見えるのが唯一の救いではある。  とは言え、いつまでもパンダのままでいるわけにはいかないのである。  さて……